9月19日 10年の時を超えて、母に思うこと

夫のお父さんが体調を崩して入院をしている。

 

そのことを私の両親に伝えたところ…
父→お見舞いの電話をしよう
母→そっとしておくのがいい
と意見が分かれたようだ。

 

***

 

話は10年程前、私の父が入院していた頃に遡る。

 

頭痛が激しく病院に行った父、「首の血管が脈打つ度に痛みの神経に触れているようで、血管と神経の間に緩衝材のようなものを入れた方がいい」という結論になった。

 

父にとっては初めての入院であり、初めての手術である。
母は誰にも父が入院し、手術をするというその状況を言わなかった。

 

「どうして皆に内緒にするの?」と母に聞くと
「お父さんの手術は盲腸みたいな簡単な手術だから、終わった後に皆に『こういうことがあったんだよ』って事後報告した方が皆心配しないでしょ」と言っていた。

 

手術が成功する確率は99%で、後遺症も特に残らないようだ。母が言うように簡単な手術だから、いちいち包丁で手を切ったら騒ぐ人がいないように、後から笑い話にした方がネタにもなるのはわかる。

 

周りの人の心労を作り出さない為とは言え、どうして頑なに隠すのだろうと不思議だった。

 

 

そして迎えた手術の日。

 

なんと母方の祖母がお見舞いに来たのである。
(どうやら母は父方の祖母には報告していたらしく、父方の祖母から母方の祖母に連絡が入ったようだ。)

 

父方の祖母以外誰にも手術の話をしていなかった母は、突然の自分の親の登場に慌てふためき、どうして来たのか、父に見られたらどうするのか、早く帰れと怒っていた。

 

私は「周りの人が取り越し苦労をしない為」とは言うものの、お見舞いに来てくれたならありがたく受け取ればいいのに、なんでそんなに怒るんだろう、と思って手術室へ運び込まれる父を見ていた。

 

***

 

そんな経緯があってからなのか、私の母は彼女が思ったように義理の母も「この入院を誰にも言わない方がいい」という信条を持っていると思い、そっとしておくのが良いと思ったのだろう。

 

私は母のこの考えに気付いて2つ思う事があった。

 

1つ目は「母は自分の考え=他の人の考え」と思ってしまうことがあるということ。

 

そして2つ目は、あの時母は『周りのため』と言っていたが、本当は『夫が手術を受けることになり、不安がっている妻』、言い換えれば『簡単な手術ごときで不安になる弱い女、可哀想な女』というレッテルを貼られるのが嫌だったのではないか」ということだ。

 

1つ目の、「母の考え」=「世間一般の考え」と思ってしまう傾向が彼女の中に存在するのはなんとなくわかる。私もだいぶそれで苦労した。

 

私の役目は、母に「その考えは違う」諭すのではなく、これから母が頑なになってしまったらそっと手を差し伸べる事だと思う。

 

2つ目の『可哀想な女』というレッテルを貼られるのが嫌なのではないか、という私の発想は10年前には浮かんで来なかった。あれから10年、私も様々な経験をして、少しづつ知恵がついて、ちょっとは周りの人のことも考えられるようになった結果生まれた発想である。

 

これは私の推測でしかないが、『弱い女』と思われたくなかった母は「誰にも相談せずに乗り切る」のが彼女の目指すべき『強い動じない女』姿であり、ある意味そのなりたい姿・願望を果たしていたのだろうと思う。

 

これは全て私の想像でしかないから事実はわからないし、母に聞いても恐らく本当の事は言わないだろう。もし、今後母が不安なことに直面し、父の手術の時のように強がっていたら支えようと思う。

 

言葉にして「あなたの本当の気持ちはわかっているよ」とは言えないから、彼女のなりたい姿になれるように態度で支えてあげようと思う。

 

母のさせたいようにする、それも少し母を受け入れることが出来るようになった今生まれた発想だ。

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